カッコイイって? +6+

2000.6.17 ・◆・ 神澄 裕紀 


+6+


「よーし、いい娘だ。お嬢ちゃん、よく我慢したな…」

無事に暴走した群れをやり過ごした事に安堵して、薄蒼の瞳が柔らかく笑った。
彼は先ず、興奮覚めやらずにくるくると落着き無く動く愛馬を宥める。
それから、胸元に縋り付いて硬直したままの妻を見下ろした。

「恐い思いをさせて済まなかったな。もう、大丈夫だ、ぜ」

翠の瞳にうっすらと涙を浮かべた妻の顔は、すっかり蒼白く固まっている。
彼は、その小さな唇に、そっと、しかし深く唇を重ねて彼女の意識を引き戻した。
すると、はっ、と正気に返った彼女は、突然、泣き出して…
あっけにとられる男の逞しい胸を、小さな白い拳で弱々しく叩き出した。

「もしもの事があったらどうするんですかっ!」
白い頬を、宝石のような雫が伝う…。


「お嬢…ちゃん…?」
「危ない…です」

大粒の涙をぽろぽろとこぼす彼女の豊かな金の髪を、彼はそっと撫で下ろした。

「君のために死ねたら本望だが…」

フッと心憎いばかりの笑顔を浮かべて、彼女に囁きかける…。

「生憎、天使より先に、天国に行く気はないんで、な」

すっかり西に傾いた赤い光を浴びた微笑に、金の髪の妻は、またしても硬直した。
だが、今、彼女が硬直した理由に彼は気づかずに言葉を続ける。

「それに言っただろ、お嬢ちゃん…」

柔らかな蒼い眼差しが彼女を見下ろし、指先が、優しく涙を拭った。


「何があっても、君の傍で…君を守るって、な。」

低く落着いた声が、彼女を包み込んで…


沈み行く大きな太陽を背に
涙に濡れた顔を上げた少女のような妻と、夕陽よりも紅い髪の男のシルエットが、
ゆっくりと馬上で一つに重なった。


「わ☆ちゃ〜」
「あー、刺激が強すぎますねー」

二人は、事態に驚いてやっと硬直が解けかけたまま涙をぽろぽろ流す幼い少年と
怖がるというよりも興奮して喜んでいた風な少女の目を、慌てて手で覆おうとした。


が…。

「いっつもだよぉー」
「ダイジ、…ぐすっ、なんだって、…ぐすっ、イって、たー」

子供達のセリフに、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「まぁ、そうですねー。大切な人が大切だと示す事は大切ですしー…」
「????????」
               「????????」
「ま、時と場所を、選べってね☆」
「あー、ここは良しとしましょうかねぇー」

炎の男は、すっかり力の抜けてしまった母親を抱いて子供達の下へ戻った。

「お坊ちゃんにお嬢ちゃん!ちょっとした冒険はいかがだったかな?」


涙目の息子の薄蒼の瞳と、興奮に見開かれた娘の翠の瞳をかわるがわる覗き込む。
その彼の、少し土埃で汚れた端正な顔を、白い歯が余計に引き立たせている。
しかも、彼の顔には、ニヤリと余裕の笑顔が浮かんでいた。

「なんか、楽しそーだよね。ひと騒動あった後のあの男は…」
「あー、本当に。守り抜ける自信と余裕のあらわれなんですかねぇー。
 いやー、それにしても無事でよかったー」

一歩間違えば、この宇宙の存亡に関わる大騒ぎになる事態だったのだ。
ここに優秀な青い目の補佐官と女王陛下一番の首座の守護聖がいなくて良かった…。
そう思って、二人の守護聖は、ほーっと胸を撫で下ろした。


炎の男は、まだ震えている愛妻の額に頬に、幾度も優しく唇を落とし…。
やっと平常心を取り戻した彼女の傍らに立つと、その華奢な肢体を脇に抱きしめた。


そして、前に並んだ双子の子供達に、キリッと引き締まった顔をむける。

「いいか。覚えておけよ、二人とも。
 大切なモノは、どんな時にも、決して離すな。
 何があっても、最後まで守り抜け。…わかったな」

その穏やかだが厳しさを秘めた口調に、子供達も、声を揃えて真顔で肯いた。

「あい」     「はい」

草原に、双子の、文字通り良い子のお返事が、響き渡った。

破顔一笑。

オスカーは、この上なく上機嫌な笑顔を−恐らく、彼女達だけに見せる−
穏やかな優しい笑顔を、子供達と愛する妻に向けた。


だが、しかし…
この一件で、カッコイイ問題は、すっかり棚上げになったまま
大草原に大きな、大きな赤い夕陽が沈んでいった。


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