2000.6.17 ・◆・ 神澄 裕紀
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野生馬の暴走。
その進行方向には、草原に埋もれるような子供達小さな二色の頭。
そして、後片付けを終えて、子供達に近付いて行く長い金の髪が見える。
青くなっている暇も、迷っている暇もなかった。
彼は、一瞬の判断で剣を鞘に納めると、力の限り馬の脇腹を蹴った。
落ちるかという危い態勢で馬から身を乗り出すと、先ずは目の前の双子を拾い上げ、
馬に慣れている娘を馬上に放り上げると、硬直している息子を小脇に抱える。
「絶対放すなよっ!」
彼は振り向いて、状況がわからずに立ち尽くす妻に向かって叫んだ。
「走れっ!こっちへ来るんだっ!」
すぐさま飛び出してきた夢の守護聖が、投げ下ろされた子供達を受取る。
男は、赤い髪を振り乱して踵を返すと、愛する妻に向かって猛進した。
眼前に迫った馬の群れに、すっかり慌てた彼女は足をもつれさせていた。
「掴まれっ!!」
彼は口で手綱を咥えると、片側に身を乗り出し、細い腰に逞しい腕を引っかける。
そのまま、放り上げるように横抱きにすると、馬上に彼女をすくい上げた。
間一髪!
どっと、野生の馬の群れがなだれ込む。
彼女の立っていた場所は、たちまち、濛々と土埃を上げた蹄に踏み荒されていった。
興奮した愛馬が嘶き、つられて暴走しかける。
両手の塞がった彼は、咄嗟に強靭な太股で馬の脇腹を押え込むと馬体を制御した。
「………」
あまりの出来事に、彼女は翠の瞳を見開いたまま声も出せない。
彼は、流れるような動作でそんな妻をしっかりと胸に抱えると、
空いた片手で手綱を握り直し、続けざまに脇腹を強く蹴った。
「いいか!シッカリ、掴まってろ、よっ」
暴走する馬の間を器用にかわしながら、少しづつ本流から外れる。
そして一瞬後には、二人を乗せた栗毛の馬は、群れから無事に脱出していた。
「ひゅ〜♪」
夢の青年が、感嘆を漏らした。
彼の傍らで、赤毛のオテンバ娘も、歓声を上げる。
「最近、すっかり穏やかになっちゃったと思ってたけど…。
あの男、決める時は、決めるよねぇ〜」
「はぁー。まさに、神業…ですね…」
一部始終を眺めていた二人は、事の次第にほっと胸をなで下ろした。
それと同時に、彼の手綱…
いや、馬さばきに舌を巻いていた。
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