1999.4.25 ・◆・A-Oku
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「賭けてみないか?」
そう言って、紅い髪の青年はどこからか取り出した冷えたグラスに、これまたどこから取り出したのかよくわからないよく冷えた白ワインを注いだ。後一歩でこぼれそうな程、なみなみと。
「何を賭けるんですか?」
青年の問いに少女が問い返す。
飛空都市の庭園の奥、守護聖のみが入れるというカフェテラス、その一角に二人はいた。とはいえ、太陽はとうの昔に眠りにつき、時は新たな日を迎える準備を始めようとしているような頃だった。
「そうだな…、お嬢ちゃんが勝ったら俺がこれを飲み干そう。俺が勝ったら…、お嬢ちゃんが俺にKISSするっていうのはどうだ?」
「キ、キス!?」
驚きで目を丸くする少女とは対照的に、青年は余裕の笑みを浮かべた。
「ああ。だけど間違えるんじゃないぜ? 頬じゃなくてここだからな。」
そう言うと青年は右手を唇にあて、ウィンクしながら少女に投げキッスをしてみせた。
少女はうつむいた。
青年の位置からは見えなかったが、テーブルの下の少女の手は強く握りしめられていた。
(悪ふざけが過ぎたか?)
青年が少女に声をかけようとしたちょうどその時、少女は両手をテーブルに叩きつけた。大きな音が辺りに響く。
「お、お嬢ちゃん?」
「ずるい! ずるいです。オスカー様は! それじゃあ、勝っても負けてもオスカー様にとってはいいに決まっているじゃないですか。普通、『賭け』っていうのは勝った方がいい思いをするものでしょう? なのに、これじゃ私が勝ったとしても別に嬉しくないもん!」
少女は青年をキッと見据え、立て板に水の如くまくし立てた。
まくし立てられた方の青年はというと、最初はちょっと驚いた、という顔をしていたがすぐにいつもの表情に戻っていた。そして、切り返す。
「それじゃ、アンジェリークは勝ったら俺に何をしてもらいたいんだ?」
「えっ…」
言うべきことを言ってしまい気が抜けた少女は青年の問いを受けて動揺した。
いつの間にか『賭け』をする事になってしまっていることにも気づいていない。
「何がいい? ピンクの薔薇の束でも持って日の曜日、迎えに行こうか?」
「あの…」
「それとも、誰も知らないとっておきの場所まで馬に乗って行くか?」
「えっと…」
青年は腕を組んだ。
「そうだな、お嬢ちゃんだったら…」
「オスカー様!! それじゃ一緒です!」
少女は頬を上気させて叫んだ。
青年は顔に残っていた笑みを消した。
「じゃあ、どうするんだ?」
しばしの時が流れた。
「そうだ!」
少女は思いついた、といった感じで手を軽くたたき、青年はおや、といった感じで目を向けた。
その言葉は青年の予想を裏切るものであった。
「エリューシオンの育成、お願いします。」
「なんだって?」
「大陸の育成を…」
青年は最後まで言わせなかった。
「お嬢ちゃんは今の状況がわかっていて、そう言っているのか?」
少女は心外だというように、声を張り上げた。
「もちろんです!」
「じゃあ、今俺が大陸の育成を行えば、どうなるかも解っているんだよな?」
「ひょっとしたら、ロザリアより先に中央の島にたどり着けるかも知れない。」
青年は大きく頷いた。
「そうだ。それに俺が勝手に『大陸の育成』をするのは、公平さを欠くことだ。お嬢ちゃんは、そうは思わないか?」
(最初にフェアじゃない賭けを持ち出したの、オスカー様の方なのに…。 ひょっとして!!)
「オスカー様は私が女王になるのは不服なんですか?!」
「どうして話がそうなるんだ。そうは言ってないだろう。」
「そう言っているじゃないですか。私が女王になるにはふさわしくないから、育成したくないって」
「だから、俺はアンジェリークが女王になるのは…」
青年は不自然に言葉を切った。少女は不思議がる。
「オスカー様?」
青年は数瞬、逡巡したが思い切ったように告げた。
「…わかった。お嬢ちゃん。それでいこう。」
「え?」
「賭けるのは『育成』と『KISS』だ。それでいいな?」
「ち、ちょっと待って。わたし、『キス』を賭けるなんて言ってません。」
「お嬢ちゃん。俺は、お嬢ちゃんの頼みをきいたんだ。お嬢ちゃんも俺のささやかな頼みを聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「だからと言って、なんでキスを賭けるんですか? 私だって初めての相手くらい…」
少女は慌てて口を押さえた。青年の口元にいつもの不敵な笑みが浮かぶ。
「『育成』とだと、釣り合いがとれていると思うんだが…。それとも俺じゃ、不服か?」
「そうじゃなくて、もっとこう、なんていうか、状況が…」
少女はますます墓穴を掘っていることに気づいた。
「なるほど。つまり、お嬢ちゃんは夢を持っている訳だ。」
「そう、そうなんです!」
我が意を得たとばかり、大きくうなづいた少女に対し、青年は言った。
「じゃあ、お嬢ちゃんが勝てばいいわけだ。そうすれば何の問題もないだろう。」
「そう言う問題じゃ…」
「夜は短いんだ。早速始めようぜ。」
かなり強引な青年の言葉で賭は始まることになった。
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