カッコイイって? +1+

2000.6.17 ・◆・ 神澄 裕紀 


+1+


穏やかな風が吹き抜けてゆく、草原の午後…。

定期的に届けられる書類の束が山と積まれた机を前に、男が一人。
眉根を少し寄せて、デスクワークに勤しんでいた。

紅い髪が、窓から吹き込む風に小さく揺らいでいる。


微かな気配に、男は顔を上げた。
と同時に、可愛らしい声が部屋に響く…。

「おトーたまぁ」
                            「おトーたまは」

        「「 カッコイイ んでしょう? 」」


見事に揃った、多少舌足らずな台詞に…。
常には鋭い光を湛え、酷薄とも評される蒼い瞳の目尻も思わず下がった。


仕事中の書斎に入ってはいけない決まりにしてあるのだが…


しかし、今回ばかりは、話が別だった。

彼は読みかけの書類を机に置くと、足元の小さな二つの頭に視線を落とした。

紅い方は、いつも野生動物並の元気さで転げまわっている「おてんば」娘。
そして金色は、普段のぼーっとした様子から「ぽよん」の愛称を戴く息子の頭である。
その大人しい彼が、珍しく活動的に薄蒼の瞳をキラキラさせて男を見上げているのだ。

しかも、このセリフ…。


「うん?どうしたんだ、突然」

男は、緩みそうな頬の筋肉を緊張させると、何気ない風を装って子供達に問い掛けた。

「おカーたまが、いっつもいってるの」
「ほー。そうか、そうか…」

にっこりと微笑む金の髪の愛妻の顔を思い浮かべたが、最後…。

うん、うん、と右手の指で顎を撫でながら肯く彼の口元は、すっかり緩み…
炎の『強さ』を司り、宇宙を支える守護聖としての凛々しさも、スッカリ何処かへ消えていた。

「おトーたまって、カッコイイー」
「だろー。お前達も、やっと、この俺のカッコ良さが分かるようになったか」

“かっこいい父親”像の構築に成功した感動が、じんわりと彼の胸に広がる…。


「ねぇ、おトーたま?」
               「あのね、あのね…」

「ん?」

あの華やかな悪友が見たら、後頭部に喝!と一発、飛び蹴りが入りそうな…。
そんな、ゆるゆるに緩みきった笑顔で前に屈むと、彼は愛する双子の澄んだ瞳に、
目線を合わせた。


「カッコイイって…」
                「なぁに?」





ずりーっ


椅子から滑り落ちかけて、すんでの所で踏みとどまる。


「………」

“無邪気は無敵”とは、よく言ったモノだ、と、多少の目眩を覚えつつ…。

「………かっこいい、か?それは、な…」

最近、口と同じように頭も達者になってきた小天使達の興味津々の瞳を前に、
彼は即座に立ち直り、素早く頭を回転させた。


母上が一番だった子供達も、今、俺に興味を持って(くれて)いる。
これは、是非、ここ一番の自分を見せて、この愛情を確たるモノにしなければならないっ!

“父親の権威”………そんな言葉も頭をよぎった。


「俺の事だ、ぜ。お坊ちゃんに、お嬢ちゃん」

決め台詞と共に、口の端を上げたニヒルな笑顔で流し目をしてみる。

が…。

「?」
      「?」

星の数ほどの女性達をどろどろにとろけさせ、もはや聖地の伝説と化したその視線も、
愛らしい我が子の瞳の前では、悲しいほどに無力であった。


「………いや。なんでもない」

その沈んだ低い声も、軽く瞼を閉じた憂いを含む横顔も、彼の信者の女性にとっては、
『いや〜ん、落ち込んでらっしゃるわ〜〜〜ん(はぁと)』と、
垂涎モノに素敵なのだが…。

それは、さて置き…


内心の動揺をひた隠し、後で教えるからと約束の指切りをして…。
どうにか子供達に退散を願った彼は、ほーっと、深い、深ーい、溜息をついた。


「さて、どうしたものか…」


この一件を、自分をカッコイイと信じている愛妻に相談するのは、あまりにカッコ悪過ぎる…。


さりとて、この平和に満ちた大草原の一軒家に『カッコイイ、このオスカー様』
誇示できるようなスリリングで危険に満ちたシュチュエーションも存在しない。
もちろん、そんな事が起こっては困るから、わざわざこんな辺ぴな場所に人目を避けて
引き篭っているのだ。


しかし、この後の権威カッコイイとの認識がかかった大切なこの件を
うやむやにする事は、絶対に許されない。


これは是が非でも、かっこいいシュチュエーションを創り出さねば!

そう、決意した時だった。



「やっほー☆決済書類持ってきたよ〜ん」

「あー、子供達の様子は、どうですかぁー?」



何かを企むには、まさに打ってつけの二人が、この家を訪れたのだった。