君が眠るまで

2001.6.3 ・◆・ A-Oku 




雷鳴一声。
激しく降り出した雨の音にオスカーは書類を持つ手を止め、顔を上げた。

ここはオスカーの私邸。どうしても明日までに仕上げなければならない報告書のため、夜半過ぎである今も仕事を続けていたところだ。

窓の外を見るとちょうど眼前で空が一閃したところだった。


アンジェリークは雷が苦手だったな。大丈夫だろうか。
彼の妻であるアンジェリークはとうの昔に眠っているはずなのだが、オスカーは妙な胸騒ぎに急かされて様子を見に行くことにした。


「アンジェリーク?」
ドアを軽くノックして声をかける。もしも眠っていたのなら起こさぬように。

返事がない。
どうやら眠っているらしい。

思い過ごしか、と踵を返そうとしたその瞬間。
空が鳴った。
「いやぁ」
か細いながらも確かな悲鳴が部屋の内側から聞こえた。

「アンジェリーク? 入るぞ。」
二人の寝室である部屋の扉を開けたオスカーの目の前には、枕を両腕にしっかり抱きかかえベッドの上に座り込んでいるアンジェリークの姿があった。

「オスカー…」
安堵のため息とともにこぼれた声を耳にオスカーは彼女に近づいた。ベッドに腰をかける。

「大丈夫か?」
金の髪をなでながら問いかければ、彼女は声もなく肯く。
その様子にオスカーは猛然と腹が立った。無論、彼女にではない、おのれ自身にだ。
こんなに怖がっているのにそばにいてやれなかったとは。


今度は空が青く光った。

アンジェリークの肩が震え、枕を抱く腕に力が込められる。


「なぜ俺が目の前にいるっていうのに枕に頼るんだ?」
「え…」
アンジェリークが顔を上げたとき、そこには憮然たる表情のオスカーがいた。驚きに目を丸くし、油断した隙に枕を奪われ、彼女の両腕は力無く垂れ下がった。

「ほら」
両腕を広げていつでも飛び込んでおいで、という体制のオスカーを前にアンジェリークはとまどった。
「でも…」
オスカーに抱きつくなんてやっぱり照れちゃう。
雷が怖いだなんて、そんな子供みたいな理由で。
そうじゃなくても…なんだかやっぱり恥ずかしい。


そうこうしているうちに再び雷鳴が辺りにとどろいた。
びくっ、と体中で反応しながらも抱きついてこないアンジェリークにオスカーはとうとう業を煮やした。

「いじっぱり」
「あ…」
抵抗する間もなくアンジェリークはオスカーの腕の中に包まれた。

オスカーのにおいがする。
先ほどの声が昔よく聞いた『仕方のないお嬢ちゃんだな』っていうのとおんなじ口調だった。
心臓の音が聞こえる…。
なんだか安心する…。


アンジェリークの体が震えるたび、オスカーは耳元でささやいた。
「怖くない」「俺がいる」「大丈夫だ」と。



どのくらいの時間が経過したのかオスカーは腕の中が不意に重みを増したことを感じた。
あくまでささやくように問いかける。
「眠ったのか?」

返事がないことを確かめ、アンジェリークの身をそっと横たえる。
自身も横になると左手で頬杖をつきながらアンジェリークの顔を見つめた。
穏やかな寝顔だった。

金の髪の一房に軽くキスをしてベッドから抜け出そうとした時、アンジェリークの手が服をつかんでいるのを知った。
オスカーの顔に笑みが浮かぶ。
手をほどくのは簡単だがそれをしたくなかった。

どうやら雨足も遠のいたらしい。
明日、どんな言い訳をしようか。

そんなことを考えながらいつしかオスカーもまた深い眠りの中に落ちていったのだった。



── to be continued



・◆ FIN ◆・



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