理由はいらない

1999.7.6 ・◆・ 佐々木優樹 



  あの人の好きなところ。
その目。その声。その優しさ。
私を抱きしめてくれる腕。
ねえ、挙げ始めたらきりがないでしょう?


「あんたもねぇ‥‥‥もう少し選びなさいよ。あの方のどこがそんなによろしいの?」
暖かい午後に、私は親友でもあり上司でもあるロザリアと一緒に、少しだけ休憩をいれていた。
ロザリアってば、何も言わないとお仕事ばかりしてるんだもの。そんなに張りつめていたら、いくら女王陛下でも倒れてしまうでしょう?
だから、その日もいつものように、ロザリアの好きなロイヤルミルクティーを用意して声をかけたの。
私は女王補佐官。誰よりも女王陛下に近く、陛下の為に聖地に在り、陛下同様に敬われる。
でもね、まだ本当は慣れないの。『アンジェリーク様』って敬称付きで呼ばれると、自分の名前なのに自分のものじゃないような気がしちゃうわ。
私はそんなに偉い人じゃないのになぁって。
‥‥‥だって、私がここにいるのは、本当は『陛下の御為』じゃないから。
「ひどーい、ロザリア! それじゃあまるで、オスカー様が悪い人みたいじゃない!」
「‥‥‥悪い人と言うか‥‥‥」
ロザリアは何も言わずにため息をついた。いつも、こうやってはぐらかされているような気がするのは、私の気のせいかしら?
そう、私が女王補佐官として聖地に残ったのは、炎の守護聖オスカー様に一緒に生きて欲しいって告白されたから。
半年前の女王試験でロザリアに負けてしまった時、私は主星に帰るつもりだった。私、一人っ子だから、私を待っていてくれる両親を悲しませてまで女王補佐官になろうとは思わなかったの。
でも、オスカー様が一生懸命求婚してくださったの。最初はとても信じられなかったけど、でも、最後にはオスカー様の真剣さにYESと答えたの。
‥‥‥ううん、最初から、断るなんて考えてもいなかった。だって、私はオスカー様のことがずっと好きだったから。
「‥‥‥わたくしは心配なのよ。何しろ、過去が過去でしょう? わたくしたちが飛空都市に招かれた当初は、いつも大勢の女性に囲まれていたようだし」
「でもね、今は全然そういうことはないのよ。そりゃあ、たまには綺麗な女の人たちとお喋りしていらっしゃる時もあるけど、ちょっと拗ねると後ですごく優しくしてくださるの」
あのオスカー様が狼狽えて機嫌をとろうとしてくださるって、きっと私だけの特権でしょう?
「アンジェリーク‥‥‥前々から聞きたかったのだけど、あんたがオスカーを選んだ基準って一体何? オスカーよりも誠実な人も、オスカーよりも優しい人も、オスカーと同じくらいのレベルの容姿を持っている人もたくさんいたでしょう?」
「ほえ? だって、求婚してくださったのはオスカー様だけだったのよ?」
その瞬間、ロザリアの表情がみるみるうちに情けないものになってゆく。私、何か悪いこと言ったのかしら?
「ろざりあ〜〜〜??」
「‥‥‥‥‥‥あんたねぇ‥‥‥」
さっきよりもずっと深いため息をついて、ロザリアは頭を手で押さえた。
‥‥‥あ、もしかして、ずっと書類を見ていたから頭が痛くなっちゃったのかしら? でも、さっきまでは元気そうだったけど‥‥‥
「‥‥‥ま、もういいですわ‥‥‥あんたの鈍さはよお〜〜く存じておりましてよ」
「何よ、それ〜〜〜!」
「‥‥‥で?」
なんだか、やっぱりロザリアって意地悪だわ。こういう所は、ちょっとオスカー様に似ているかもしれない。
「オスカー様の好きなところかぁ‥‥‥言われてみると、突き詰めて考えたことなんてなかったわ」
あの人の姿を心に思い浮かべる。
司る力を示すような赤い髪から、端正な眉に降りて、氷青の瞳が私を見つめている。あの瞳を『身を切られるように冷たく感じる』人もいるっていうけれど、私はそうは思えない。澄んだ輝きを投げかけてくれる。とてもよく晴れた空のように。
高い鼻と、唇‥‥‥ よく通る低い声。名前を呼ばれるだけで、自分がどれだけ愛されているか感じられて天にも昇るような気分になれる。いつだってあの人は、言葉ひとつに溢れるほどの心を込めて下さるから。
いつも私を抱きしめてくれる逞しい腕。あの人の腕の中は暖かくてとても気持ちいいんだけど、皆様の前ではちょっと恥ずかしいの。でもね、本当は私も‥‥‥いつだって触れていたい。
大好きだから。
あなたが誰よりも大好きだから。
「‥‥‥アンジェリーク」
はっ! い、いけない、私ったら!
つい考え込んじゃってぼーっとしてたよぉ。ああ、ほっぺたが熱い〜〜〜
こんなふうだから、いつもロザリアに呆れられちゃうのよね。もう、ダメな私!
「あんたって‥‥‥本当に考えてることすぐに顔に出るのね。分かりやすくて結構ですわ」
「ロザリア!」
「はいはい‥‥‥で? 結論は出ましたの?」
‥‥‥やっぱり意地悪だ。
悔しいから少しだけ間を置いて(でも、その間もロザリアは呆れたように苦笑していた)から私は口を開いた。
「えっとね‥‥‥ 全部」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥アンジェ‥‥‥‥‥‥」
「だって!」
思わず身体を乗り出すと、危うくティーカップをひっくり返すところだった。
「だってね、何を考えても好きなんだもん! オスカー様の全部が大好き。ねえ、好きになったことに、無理に理由をつけなくてもいいでしょう?」
ロザリアは暫くの間黙ってしまった。でも、すぐにとても綺麗な微笑みを浮かべて肯いてくれたの。
「‥‥‥それは、そうかもしれないわね‥‥‥」
「でしょう?」
私はロザリアに肯定してもらったことが嬉しくて、もう一度自分で確かめるように言葉を繰り返した。
「私はオスカー様の全部が大好き。あの方を愛したことに、理由はいらないの。この気持ちが本当だってことが分かっていれば、あとは何もいらないの」
ロザリアは少し目を伏せて微笑んで、今まで手つかずになっていたシャルロットポワールに手を伸ばした。
その一瞬前にロザリアが意味深にドアの方を見た理由を、私はもっとよく考えるべきだったのかもしれないけれど‥‥‥


そう、嬉しくて、だから全然気づかなかったの。
私の言葉を聞いていたのが、ロザリアだけじゃなかったってこと‥‥‥
え? その夜の事?
や、やだ。そんなの、恥ずかしくって絶対言えないもの!
さあ、私の話はこれでおしまい。
今日も一日頑張ってね、女王候補さんたち!

      
・◆ FIN ◆・



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