2001.9.11 ・◆・白文鳥
そこはまるで楽園であった。白い砂浜はどこまでも輝いていて眩しかった。規則的な波の音は心地よいリズムで精神をゆったりとさせてくれる。太陽は燦燦と輝き、風はさわやかに肌を撫でていく。
だが白い砂浜よりも白く、波の音よりも耳をくすぐり太陽より輝く存在がここに、俺の隣にいるな、とオスカーは思っていた。
アンジェリーク…。彼女の白い肌はこの砂浜よりも輝き、その声は俺の心を締め付けるように捉えて離さない。美しいこの楽園のような風景より俺は彼女の姿しか目に入らなかった。
彼女はまるで楽園に住む天使、そして楽園よりも美しい天使だった。
毎日毎日張り詰めて仕事ばかりの日々からしばし解放されて、やっと手に入れた貴重な休暇を、このプライベートビーチで彼女と二人で過ごしていた。この休暇だって何人ものライバルを出し抜いて手に入れたのだった。しかし苦労して手に入れただけのことはあった。
彼女の側はなんて心地よいのだろうか…。ゆったりと時が流れている。こんな幸せなひとときがあるとは俺は今まで思わなかった。日々の疲れもこれですっかり流れ去った。
彼女の隣のチェアに座りサングラスをかける。彼女は俺の隣のチェアでパラソルの向きをちょっと直していた。上着を脱ぐと眩しい彼女の水着姿。魅惑的な女性のこういう光景は、まあ飽きるほど見てきた俺だったが…いや、もっと刺激的な光景だって見てきたが…なんだってこんなに目が離せないんだろう。こういう時俺にとって彼女は特別な存在だと思い知らされる。サングラスで視線を誤魔化せたが、まさに俺の目は彼女に釘付だった。…バレなくて良かったかもしれない。
「ね、オスカー?まだ日に焼くの?もっと黒くなりたいの?」
彼女から無理やり視線を外しごろりと横になった俺に彼女のかわいい声がかかる。
「黒くなりたいわけじゃないが、こんな気持ちのいい日差しはたくさん浴びておきたいじゃないか。それに今度はいつこんなチャンスがあるかわからないだろう?」
「いいな。私、そんないっぺんに焼いたら真っ赤になっちゃって、もうヒリヒリして大変だもの」
そういえばここへ来て彼女は積極的に日に当たらなかったな。しかも日焼けでヒリヒリするなら尚更焼くべきじゃない。そんな可哀相な状態のお嬢ちゃんを抱く事ができないじゃないか!
「お嬢ちゃんは色白だからな。あまり焼くのも勿体無い気がするぜ?」
そしてすいっと彼女の白い腕をなぞる。きゃん!と小さく叫んで彼女は身をよじる。
「オスカーは色白が好み?それとも日焼けして健康的な肌が好き?」
「ふうむ…似合っていればどちらでもいいかな?」
「そう…」
「お嬢ちゃんは白い方が似合うな。だからか?俺は最近色白の女性が好みだな」
照れて頬を染めた表情がとてもかわいい。そんな他愛も無い会話がいっそう幸福感を増してくれる。彼女とこんな親しくゆっくり過ごせるとは。
そしてかわいいその声を聞きながら、俺にしては珍しくうたた寝をしてしまったようだ。だってそうだろう?彼女には何か特別な力があるんだ。俺を癒してくれる不思議な力が。
「オスカー…?ねぇ?聞いてるの?」
『ああ、ちゃんと聞いているさ』
俺は返事をしたつもりだったが、それは夢の中で答えたようだった。
「なぁんだ…寝ちゃったのかぁ…」
『おいおい、そんな寂しそうな声で何を悩んでいるんだ?』
チグハグな答えを浮かべながら、俺の意識は薄れていった。
ふと意識が浮上しかけたのは背中に何か触れたからだった。最初はちょっとひんやりとしたが、すぐにそれは薄れ優しい指の感触が背をゆっくりと移動して行く。
『ああ、アンジェの指だ、彼女の指が俺の背中を撫ぜている…?』
にしては変だなと思った瞬間、俺の意識が目覚めた。だが彼女が何をしているのか知りたくてじっとしていた。
彼女は俺の背中に何か書いているようだった。愛のメッセージかな、などと思いっきり惚気た事を考えたが、違う。なんだろう??
想像力をめぐらせてみたが解らなかった。まぁいい。たいした事じゃない。彼女がこんな風にごく親しげに俺に接触してくれる事の方が大きい。そして俺の意識は再び沈んでいった。
別荘に帰ってその正体がわかった。バスルームの鏡で俺は背に小さな羽根の文様を見付けたのだった。
「おいおい、お嬢ちゃん?これは君の仕業かい?」
クスクスと笑う彼女にちょっと怒ったフリをしてみる。
「日焼け止めクリームの威力を確かめたかったんですもん」
悪びれずに笑うその姿が可愛らしい。
「ふうん…効果はかなりあるようだな」
再度背中を鏡に写して俺は確かめる。くっきりと浮き上がる翼の形。
ところで休暇に入ってホテルに到着した俺は驚いた。予約の時に俺はさりげなくロイヤルスウィートを二人で、と伝えたんだが、なんと別々の部屋をとってあったのだ。しかもフロアまで違うといった念の入れ様は女王陛下のさしがねだろう。だがそんな苦労もすぐに木っ端微塵にしてやった。俺はチャンスは自分で作るし、手は早めにそして確実に打つと決めている。
翌日俺は彼女を言いくるめて別の島へ移り別荘を借りた。どの道、本名など使っていない俺達だったが、ちょっとばかり宇宙軍諜報部のコネを使ってさらに別の人間になりすました。何故ってそうでもしないと、麗しの女王陛下がお忍びで乱入、もとい遊びに来ないとも限らないからな。ま、ここまで細工すればここに辿り着くにはさすがの陛下も相当時間を食うはずだ。
そう、そして聖地で指を加えている皆さんには大変申し訳無いが、俺達の関係はひどくすんなりと進展した。もうこれで怖い物ナシ。晴れて俺は天使をこの手に収めたというわけだ。…ただ、この島には教会が無かった。これは大きなミスだ。
「で、これはまるで天使の印だな。俺はもう天使にされちまったのか?」
「そうかも。だって最初の頃のオスカーは大きな翼を持っているようにおもえたんですもの」
「俺が?神の御使いか?ふうむ…確かに女王陛下の御使いではあるがな」
というより下手をすればただのパシリかもしれない、などと思う…事もある。なにせあの女王陛下は人使いが荒い。特に俺に対しては。
『あ〜ら、この仕事は貴方がやれば護衛を用意しなくてすむから経済的ですわ』とか言われた事もあったな。俺は便利屋かー!?と言いたかったが、止めておいた。代わりに『陛下の信頼が厚い事を光栄に思います』とか言ってやったが。
「そう、しかもいつも大きな剣を携えている闘いの守護天使。強くて…でもちょっと恐いような…近寄りがたいような…」
そんな風に俺をみてたのかい?お嬢ちゃん。だがな、俺からしたら君の方こそまさに黄金の天使だったさ。さしずめ俺はまっさらな天使を、人間の女に貶めた堕天使ってところか?そこまで考えて陛下ならきっと腰に手を当てて『その通りですわ!この不届き者!』 とか叫ぶだろうなと思い笑った。
「何か変な事言いました?」
「いや。俺から見たら君こそ天使だったなと思い出してな。だからこれは天使である君のの持ち物だっていう印に思えるぜ」
「オスカーが私の持ち物?」
コロコロと笑う。金髪がゆれてまるで黄金の羽根のようだ。
「重くって持てませ〜ん!」
「そうか?いつもは重くない様にしていたがそれでも重かったか。それは悪かったな。じゃあ今日はもっと気を付けよう。それとも俺が下になるのもいいな」
「きゃ〜ん!」
いまだにベッドに入る前には思いっきり緊張する彼女をリラックスさせながらイイ雰囲気に持っていくのにはタイミングが必要だが、今がそれだった。
俺がそれを逃すはずはなかった。
天使の羽根をもらった俺だが、お返しをしなくはと考えていた。せっかく彼女にいただいた印だ。大事にしなくては、な。それと俺ばかりじゃなくって彼女にも是非俺の持ち物だという証しを受取ってもらいたいものだ。
だがキスマークというのもこの場合面白くない。日保ちがしないし第一芸がない。
俺はいい事を思い付いて心の中で笑った。それには今から準備しないとな。
「アンジェリーク…?せっかく今日俺は君の持ち物になったんだ。目一杯サービスさせてもらうぜ」
「えええっ!?ちょ、ちょっとオスカー!待って、これ以上は…」
だめという言葉は言わせなかった。
翌日も朝からいい天気だった。俺の隣で彼女は少し疲れた様子でいた。昨日と同じ様にチェアにに横になりながら彼女はちょっと恨めしそうに言った。
「なんだか眠い…。もう、オスカーったらヒドイ。全然寝かしてくれないんだもん…でもどうして貴方はそんなに元気なの?」
「さあ、どうしてだろうな?」
含み笑いが出ちまうぜ。
「気持ちのいい風だ。ここでゆっくり眠ればいい。俺が見張っててやるぜ?」
「う〜ん、でもなんかもったいないなぁ。この本も読みたいし…」
「どうせ今晩も眠れないんだから、今のうちに休んでおいた方がいいぜ」
「え!?それって、まさか…」
俺は今度は声に出して笑いながら、パラソルを広げた。彼女もブツブツ文句を言いながら一応雑誌を広げた。
しばらくして俺はそっと声をかけた。
「アンジェ…?」
返事はなかった。当然だろうな。かなり疲れているハズだ。
俺は昨日思い付いた事を実行する事にした。そっと彼女の水着の肩紐をずらす。真っ白い胸が半分以上あらわになって、なんともいい光景だった。が、今は見惚れている場合じゃない。もう少し水着を下にずらしてピンクが見えかけたところまで持って来た。
ここはプライベートビーチだから人は少ない。だがこの麗しい物を他人に見せるわけにはいかない。そしてアンジェリークに気付かれてもいけない。俺は細心の注意を払っておいた。
午後も少し回ったころ、俺達は食事の為に部屋に戻る。いつものコースだ。ゆっくりとランチを取って午後はあちこち観光したり買物をしたりする。特に予定も作らない。のんびりとする。
今日もそんな風にふたりで過ごそうと思っていたら、俺達の別荘の前に人影があった。俺はとっさに警戒した。何しろここは貸切りなんだ。俺達の知り合いかこのリゾートの従業員しか来ないはず。そして俺達はここには知り合いはいない。
しかしすぐにその人影の正体が分かった。この高貴なサクリアは隠しようがない、女王陛下その人だった。
つばの思いっきり広い帽子をかぶり裾の長くドレープがたっぷり入った優雅なドレスを着こなした姿はさすが、としか言い様がなかった。が、今の俺にとってはまったくもって女神ではなく…さながら魔女の姿に思えた。
「アンジェ!」
「きゃあ!ロザリア!どうしてここへ!?なにか緊急事態?」
帽子をゆっくりと取りながら、こちらに歩いて来る。菫色の長い髪が風にゆれてなんとも美しい…魔女だ。そんな事を考えて俺は以前リュミエールに言われた事を思い出した。
ヤツは俺の事を「守護聖として危険な思考の持ち主」だと抜かしたんだ。あの時はムカついたが…今はそれを否定しないぜ。もっともその意味合いがあの時とはちょっと変わってはいるが、な。それもそうだ。今の俺はこの魔女、いや女王陛下をどうやって追い払うか、そればかり考えていたんだからな。
「うふふ、あんたに会いたくなっちゃって、来てしまったわ。でも予定していたホテルにいなくて心配しましてよ?どうしてここに移ってきたのかしら?」
横目で俺を睨んでいる。その目は『ここを突き止めるのにどれだけ苦労したと思ってんのよ!』と語っていた。
「え?連絡行かなかった?ちゃんと言付けたんだけど…?だってこっちの方が海がキレイだったし観光地も多いって教えてもらったの。ね、ね、それより入って入って!これから私達ランチなの。ロザリアも一緒にどう?」
「まぁ、それはうれしいわ。よろしくって?オスカー?」
よろしいも何もないだろうが…。決定だろう?加えて女王陛下が護衛も付けずに聖地をでるなんてとんでもない!今すぐ帰りなさい!と叫びたかったが…言ったら最後地雷を踏むに等しい結果が待っているだろう。
俺の休暇は即終了!女王陛下の護衛を勤めつつ聖地へご帰還だ。それだけは避けなければ!
「それは、もちろん。たいへんな光栄です」
大仰に頭を下げておいた。
「ですが、陛下。聖地の方は大丈夫なので?ジュリアス様が御存知なのですか?」
女王はふん、と小さく呟いてから
「女王は今頃誰にも邪魔されずに静かに一人でお茶を楽しんでいる事になっているわ。それに何故ワタクシがジュリアスの許可を貰わなくてはなりませんの?」
それはそうですが、…ジュリアス様も迂闊な。この位予想して見張ってくれればいいのに。ああ、しかしジュリアス様もライヴァルだったな。陛下の脱走とその行き先を知ったら彼まで来てしまう。それも面倒だ。
「ああ、汗をかいてしまったわ。シャワーを借りるわよ」
「あ!それならロザリア!一緒に浴びよう!私もシャワーしようかなって思ってたの!」
ちっ!俺が一緒に浴びたかったが仕方がないな。
「うふふ、そうね、そうしましょう。悪いわね、オスカー。お先に」
嬉しそうに二人してバスルームへと行くのを俺はにっこりと頷いて見送った。これから女王陛下は素晴らしい物を目撃するだろう。
ほどなくして俺の予想どおり陛下の悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ〜!!ア、アンジェ!?そ、それは一体なんですの!?」
そう、かわいいアンジェの胸には俺の炎の紋章がくっきりと焼き付いているんだ。さっきオイルで彼女の胸に俺が描いた。このオイルも昨日の日焼け止めクリームも効果は抜群だった。
しばらくはこれで安心、とは言ってもこの紋章を見る事のできる幸運な人間は俺のほかには陛下ぐらいなものだが。他のヤツらのははしっこだって見せるもんか、なあ、お嬢ちゃん?
俺は笑いをかみころした。
・◆ FIN ◆・
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