最高のプレゼント

2003.8.26 ・◆・白文鳥 




『お誕生日ってやっぱり特別よね…。それは男の人だって同じ、じゃないのかしら。』

アンジェリークは鏡に向かって髪を梳かしながら独り言を言っていた。いつもの様に赤いリボンを頭に結んでリボンの形を整える。角度を変えながら鏡を覗き込む。ちょっと悩んでリボンの色を赤から洋服の色に合わせて濃いピンクに変えた。

『大丈夫かな、歪んでないかな。』

今日はアンジェリークの誕生日。特に誰にも言っていなかったのに、誕生日だからと誘いがあったので朝から地に足が着かないぐらい舞い上がっていた。何しろ誘ってくれた相手がアンジェリークの大好きな人だからである。

『どうして誘ってくれたのかな。どうして私の誕生日知ってたのかな。』

悩んで悩んでやっと決めた服を身に着けながら考える。

『ああ、ダメダメ自惚れちゃ。オスカー様は優しいから誕生日に何のイベントも無い私を可哀相に思って誘ってくれたんだわ。私の誕生日だって、守護聖様だから女王候補の資料が手元にあって当然よね。』

もう2週間も前だろうか、オスカーから言われたのは。

『お嬢ちゃんはもうすぐ誕生日だろう?俺がとびっきり楽しい一日にしてやろうと思うんだか、どうだ?』

予想もしなかった突然の誘いに、気が遠くなるほど嬉しくてどう返答したのかちゃんと覚えていなかったけれどとにかく当日のデートが決まったらしい。

『何か欲しい物があったらプレゼントするぜ。何がいい?』

当然即答は出来なかったので後日、という事になったのだが。それからアンジェリークはずっと悩んだのだ。一体何を頼もうかどうしても思い浮かばなかったのである。折角大好きな人からの申し出なのだ。ここはひとつ一生の思い出になるような物をお願いしたかった。

『だってもし試験が終わって、…私が女王様になれなかったらそれを持っておうちに帰りたいものね。』

でも高価な物をお願いするのもずうずうしい娘だと思われそうでイヤだし。大好きなぬいぐるみみたいな物をお願いして更に子供っぽいと思われるのも悲しい。
その日から会う度にさりげなく欲しい物は決まったかと聞いてくれるオスカーに、まだだと答えるのも申し訳なかった。早く決めなくちゃと思いつつ気持ちは焦るばかりで一向にいい物が浮かばない。
そして決まらないまま当日を迎えてしまった。

『欲しい物が決まらなかったら、当日一緒に選んでもいいぜ。』

そこまで言ってくれるオスカーに逆に、もう何でもいい、オスカー様が選んでくれたのならたとえ雑巾でもずっと大事にします!と叫びたいアンジェリークであった。

きっちり15分前に待ち合わせの公園に着くとオスカーはもう来ていた。オスカーと出掛けるのは初めてではないが、待ち合わせの時いつも彼は必ず先に来ていた。出来れば彼を待たせたくないと思って早めに寮を出たのだが今日も彼は先に来て待っていた。

『オスカー様、いったい何分前に来ているのかしら。そうか、オスカー様は女の人に優しいから、ううん、相手が誰でも約束の時間より早く来て絶対相手を待たせたりしないんだろうな。』

最初の印象は軽薄なプレイボーイだと思っていたのだが、話をしたりその行動を見聞きしているうちにその本当の人柄が見えてきて、今では誠実で信頼のできる人間だとわかっている。

「お待たせしてすみません、オスカー様!」
「俺も今来たばかりだ。お嬢ちゃん、まずは誕生日おめでとう。お嬢ちゃんに似合う色の薔薇の花束を用意したが持ち歩くのもなんだし、寮に届くようにしてあるから楽しみにしていてくれ。」
「わあ!有難うございます!オスカー様から薔薇の花束をいただけるなんて、なんだか少しだけ大人になった気分です。」

素直に喜ぶアンジェリークにオスカーは目を細めて笑っていた。

「すみません、折角プレゼントは何がいいかって聞いてくださってたのに…。お花はどれも大好きですけど薔薇は特に大好きです。オスカー様に頂いた薔薇なら尚更ですから、大事に飾りますね。」
「おいおい、お嬢ちゃん。薔薇は誕生日プレゼントの一部だ。お嬢ちゃんのリクエストはこれから聞こうと思ったんだが、どうだ?決まったか?」

これにはアンジェリークが驚いた。

「え?薔薇の花束だけで十分です。そんなにいただけません!」
「お嬢ちゃん、花束はデートの相手へのプレゼントの基本だぜ。今日はお嬢ちゃんの誕生日なんだから、俺としてはそれだけじゃ十分とは言えない。」
「でも…。」
「欲しい物、決まらなかったんだろう?ちょうどいい、これからあちこち回りながらお嬢ちゃんに相応しくて気に入ったものを探そう。」

そこまで言ってくれるのならとアンジェリークは承知した。薔薇の花束だけでも嬉しいが残らないのだけが残念だったからだ。思い出として形が残る物があったらそれはもっと嬉しい。
それから聖地の中で色々なお店が何軒もある賑やかな通りの方へと並んで歩き始めた。

「お嬢ちゃんくらいの年齢だと欲しい物というとぬいぐるみあたりか?いや、それは子供っぽいか?」

あまりにも的を射た言葉に苦笑してしまう。

「それはぬいぐるみの嫌いな女の子は少ないと思います、けど。」
「けど?」
「もっと、その…なんというか…ええと…。」
「ま、いいさ。言葉で説明しにくければ。実際に見て回ればピンと来るものがあるぜ、きっと。結果的にそれがぬいぐるみでも、な。」
「オスカー様、ひっどーい!」

オスカーとの会話は楽しい。オスカーはいつも相手に合わせて話題を持ってきてくれるのであろう。アンジェリークはそういう彼の心遣いがとても好きであった。
今日はきっと楽しい一日になるはずであった。

「まぁ!オスカー様!」

やっぱり、という気がして振り返るとそこには、見目麗しい美女がこちらに小走りにやってきた。

「オスカー様、お久しぶりですわ!」

にっこりと微笑む美しいひと。オスカーも勿論いつもの調子で彼女を褒めまくる。

『オスカー様とお出かけするとだいたいこうやって何人ものきれいな女性が声をかけてくるのよね。それは仕方が無いんだろうな。でも皆様余裕で私に嫉妬もしてくれないんだもの。いかにも私はオスカー様の恋人にはなれないって言われているみたいで、…なんだか悔しいような、当たり前のような。』

案の定その美女はオスカーに今日はアンジェリークとデートだと聞かされても変な目で見るどころかにっこりと微笑んで挨拶をしてくるのである。

「女王候補のお嬢さんでしょう?まぁ、可愛らしい!」

とまで褒められてはこちらもにっこりと挨拶を返すしかない。ふと見るとその美女はさりげなくオスカーの腕に自分の腕を絡ませている。

『ああ、大人の恋人同士ってカンジだなぁ。』

自分がオスカーと腕を組んだら、少しは様になるというか、それなりの間柄に見えるのだろうか。想像してみたいが上手に頭に浮かばない。
その美女とはすぐに別れて再び歩き始めたが、さほど歩かないうちにまた女性から声がかかる。挨拶を交わして、すぐに別れて、また声がかかっての繰り返しが続く。

『お店に着くまで一体何人の女性と出会うのかしら?』

今日はもしや新記録?数えていればよかったなどと冗談めかして考えたが口には出さなかった。子供っぽい嫉妬だと笑われるのも嫌だった。
やっとお店がある所あたりまでやってきた。通り沿いの大きなウインドウガラスに自分とオスカーの姿が並んで映る。やはり先程の女性達と並んだ時のような関係には見えない。そう言えばどの女性も皆さりげなくごく自然にオスカーの腕に自分の腕を絡ませたり、手を添えていた。

『私だって…オスカー様を腕を組んでみたいな…。恋人同士に見えなくても、なんだかとてもオスカー様と親密になったような気がしそうじゃない?』

アンジェリークがガラスの方を見たまま立ち止まったのでオスカーもウインドウを覗き込んだ。若い女性向けのちょっと高級な服やアクセサリーが並んでいた。

「何か欲しい物があったか?」
「…はい、でも、あの…。」
「遠慮はなしだ。言ってみな?」
「ええと、その、オスカー様の…。」

オスカーは怪訝な顔をした。自分の何が、この店にある欲しい物と関係あるのか判らないからであった。」

「オスカー様の…腕が…。」
「?俺の腕??」
「腕が欲しい…です。」

オスカーのちょっと驚いた顔というのは珍しかった。数秒考えてオスカーはアンジェリークの顔を見ながら聞いてきた。

「俺の腕、というのは剣の腕前という意味か?剣を習いたいのか。」
「いえ、そうではなくて。」
「まさか、お嬢ちゃんの細い肩に俺の腕を移植…なんてことはないよな。」
「それも違います。」
「すまないが俺の想像力が足りないらしい。もう少し説明して欲しいんだが。」

笑われるだろうか、でも今日は私の誕生日だもの、いいよね?と自分に言い聞かせてアンジェリークは思い切ってオスカーに言った。

「オスカー様と腕を組んで歩きたい…です。今日はオスカー様の腕を独り占めしたい、なんて…あのちょっと思ってしまったんです。」

オスカーの顔から疑問符が消え、そしてゆっくりと瞬きをして優しい笑いが浮かんだ。

「お嬢ちゃんの望みはこのオスカーと腕を組んでのデート、というわけか。光栄だな。ああ、さっきのレディ達がやっていたからか?すまなかったな、折角のデートなのに邪魔ばかりで。しかし彼女達もお嬢ちゃんが羨ましくてならないのだろう。」
「羨ましい?私が?」
「そりゃそうだろう。俺と1対1のデートなんてほぼ不可能だからな。大抵3〜4人のレディ達と一辺にデートをしないと全てのレディに順番が回らなくて待たせてしまうからな。」
「オスカー様はモテルから…。」

仕方ありません、という風にアンジェリークが言うとオスカーはにやりと笑って言った。

「嫉妬してくれたのか?お嬢ちゃんが?だとすると俺も考え直さなければならないな。」
「は?」
「まあ、それはさて置き、だ。早速お嬢ちゃんの希望を叶えなければな。」

そう言ってオスカーは右腕を軽く曲げてアンジェリークに向けた。

「どうぞ、アンジェリーク。」

頬が思わず赤くなるのが自分でも判ったがこんなチャンスは今日が最初で最後。思い切ってその腕に自分の左腕を通してみた。ぴったりとオスカーにくっ付いて背の高い彼との身長差をいつもより感じた。
隣というよりも下から見上げるようにオスカーの表情を窺って見ると実に楽しそうなオスカーと目が合った。

「折角の申し出だが、今日だけでいいのか?」
「ええ、だってオスカー様を独り占めなんてそんな事、誕生日の今日ぐらいしかできません。」
「そうか?俺としてはそれだけじゃ申し訳ない気がするな。そうだな、例えば女王試験が終わるまでこの腕はお嬢ちゃん専用にしようか。」
「ええっ?!それは無理でしょう!」
「おいおい…。無理というのは。」
「だってオスカー様とのデートを楽しみにしている方がたくさんいらっしゃるのでしょう?その方達にオスカー様と腕を組むなというのは…。」

ふむ…と手を顎に当ててオスカーは暫く考えていたが、やがていい事を思いついたという感じで言った。

「それなら、こうしよう。今日から女王試験が終わるまで俺のデートの相手はお嬢ちゃんだけだ。」
「え?え?え?それこそ絶対に無理だと思います!」
「尤もお嬢ちゃんがもう俺とデートしたくないというのなら話は別だが。残念ながら。」

オスカーは自分をからかっているとしか思えない発言にアンジェリークはちょっと頬をふくらました。

「別に冗談で言ってなんかいないぜ。お嬢ちゃんは俺にとっても実に興味深い存在なのかもしれないと思えてな。女王試験が終わるのだってそんなに先の事じゃないだろう。それまでにもう少しお嬢ちゃんに事を知りたくなったのさ。」
「本当に?やっぱり無理でしたなんて言われたら、私はものすごくがっかりしてしまいます。」
「大丈夫だ。俺が約束を守る男だという事はもうわかってくれているだろう?」
「はい。」

じゃ、この話はこれで決まりだな?という意味でオスカーはアンジェリークが自分の腕に絡ませている手をぽんぽんを叩いた。

「で、誕生日のプレゼントは本当にこれだけでいいのか?今日の俺は楽しい気分でいつもよりさらに気前がいいぜ。もっとおねだりしても一向に構わない。」
「本当ですか?じゃあね、このお店でいっちばん高い物!な〜んて!」

うふふ、と笑って小さい舌をぺろっと出したアンジェリークにオスカーは真顔で答えた。

「ようし、わかった。それにしよう。」
「え?ええっ?冗談ですって!オスカー様!」

冗談ですってば!と尚も言い続けるアンジェリークを引きずるようにしてオスカーは笑いながらその店に入っていった。

      
・◆ FIN ◆・



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