告白の行方

2000.8.24 ・◆・ 大庭 美樹 




「…君に謝ることがある──」


 俺にしてみれば、一世一代の告白だった。この俺としたことが、だ。
 彼女に本気になっちまったことを自覚して以来、かつての『宇宙一のプレイボーイ』の呼び名はどこへやら、俺はすっかり調子が狂っていた。
 彼女を前にすると、いつもなら考えるよりも先にいくらでもこぼれ出てきていた筈の、得意の口説き文句一つ言えやしない。彼女のなんでもない言葉に一喜一憂し、彼女の手がなにげなく俺に触れるだけで胸が震えるなんて、全く、自分でも一体どうしちまったんだろうと情けなくなるほどだった。
 本気でアンジェリークに参ってた。アンジェリークだけが、欲しかった。

 だが、ただそれだけならば、ここまで守勢に回るような俺じゃない。多少強引だろうとなんだろうと、誠心誠意をこめて彼女を振り向かせるべく、俺の情熱の全てを傾けていただろう。自分の気持ちを抑えて、こんなギリギリまで耐えるなんて、俺の流儀じゃない──なかった筈だった。
 彼女の背に、あれほどはっきりと女王の白い翼が見えてさえいなければ。


 これでも俺は、守護聖としての自分に誇りをもってやってきた。女王陛下の剣であり盾であることを以て任じ、筆頭守護聖ジュリアス様の信頼も篤い右腕として、職務に忠実に励んできた。今回の試験にだって、真剣に臨んできたつもりだ。何といっても、宇宙の次なる女王陛下を決定する、大切な試験なのだ。その重要性については、よっくわかっていたつもりだった。
 ただ一つ計算外だったのは、守護聖であるこの俺が、女王候補のお嬢ちゃん相手に、魂の底まで揺さぶるような真実の恋に落ちてしまったということだけだった。
 ──しかも、そのお嬢ちゃんこそが正に女王にふさわしいと、心底思えてしまうのだから始末が悪い。
 一守護聖としての自分の判断に、間違いはないと思える。アンジェリークは、この宇宙の全てを大きく包みこみ、癒し慈しみ導く、最高の女王になるだろう。そのことを俺は、早い時期から確信していた。だからこそ、一人の男としての自分の恋心を、彼女にぶつけてしまうことをためらっていた。

 自慢ではないが、彼女を落とせる自信ならあった。彼女が俺に、他の守護聖に向ける以上の好意を抱いてくれていることだって、本当はわかっていた。好意と、信頼と、そして少女らしいほのかな憧れ。軽く一押しするだけでいい筈だった。
 それを敢えて留めていたのは、ひとえに彼女が女王をめざして一生懸命努力をしていたから。それだけだ。
 アンジェリークがそれを望んでいるのなら、彼女にふさわしいその地位につけてやるべく力を注ぐのが、炎の守護聖である俺のなすべきことだ──無理やりにもそう思い込もうとして、実際、依頼された以上のサクリアをエリューシオンに贈ってもきた。
 そうすることで、自分を納得させようと、この想いをあきらめようとしてきたのだ、俺は。

 それでも、限界というものはある。
 試験開始から百五十日を数え、もう一両日中には決着がつくだろう、そして、アンジェリークこそが女王として至高の座につくことになるだろうということが誰の目にもはっきりしたところで、俺の自制は崩れた。
 なんのことはない、結局俺は、アンジェリークを誰かに手渡したくなどはなかったのだ。──例え、宇宙が相手であっても。
 彼女を自分だけのものにしたい。誰にどれほど誹られてもいい。それが彼女の夢を潰すことにつながるとしても、俺はどうしてもアンジェリークを手に入れたかった。
 これは、俺のエゴだ。わかっている。それでも、手をこまねいて見ていることなどできなかった。何も言わないままに、彼女を遠く紗の帳に隔てられた聖なる御座に登らせてしまったならば、多分俺は死ぬほど後悔することになるだろう。そんなのは願い下げだった。
 だから、最後のチャンスになるだろうこの日、アンジェリークを森の湖に連れだして、抑えこもうとして抑え切れなかった、この想いのたけを訴えた。


「──君は『お嬢ちゃん』なんかじゃない。本当に、魅力的な女性になった。そんな君をことさらに子供扱いしてきたのは、そうしないと自分の気持ちに歯止めがきかなかったからだ。……それも結局は、無駄なあがきに過ぎなかったようだが。そしてそんな俺の態度が君を傷つけていたことも、本当はわかっていた。どうか、俺を許してくれ」
「…オスカーさま……?」
「アンジェリーク、君を心から愛している。俺は君を女王にさせたくはない。一人の女性として俺の傍で、俺と共に生きて欲しいと、心の底からそう望んでいるんだ」
 翡翠の瞳をいっぱいに開いて、アンジェリークは俺を見つめていた。その唇が、ゆっくりと幸福そうな微笑みにほころんでゆくのを、俺は息を詰めて見守った。まるで咲き初める花のようだ──その瞳のきらめきも、紅く染まった頬も、うっすらと浮かんだ涙も、全てアンジェリークの歓喜を受けて、この上なく美しく輝いていた。
「オスカー様…ホントに…?」
「本当だ。──君には俺の真実の気持ちを知って欲しい。正直言って、これまでにも誰かを恋しいと思ったことはある。だが、人をこんなに愛しいと…いとおしいと思ったことはない。俺に真実の愛を教えたのは君だ、アンジェリーク。俺は君を、君一人を愛し、護り、支えぬくことをここに誓う──」
 アンジェリークの頬を、涙がこぼれて濡らした。泣き笑いの顔で、アンジェリークは言った。
「うれしい──ほんとに嬉しいです。私──」
「アンジェリーク…!」
 突き上げる愛しさのままに、俺はアンジェリークの華奢な身体を引き寄せて抱きしめた。ずっと、そうしたいと思ってきたように。俺の腕の中でアンジェリークはいかにも小さく、しかし確かなぬくもりでその重みを俺の胸に預けてきた。
 『手に入れた』──そう、思った。アンジェリークが俺のマントをきゅっと掴み、一転して固い声で、あの一言を告げるまでは。

「でも──私、オスカー様のおそばにはいられません」

 心臓が、冷たい手で握り潰されたような気がした。
 俺は信じられない思いでアンジェリークの肩を掴み、その顔を覗きこんだ。
「アンジェリーク…何を…」
「私……女王に、なります」
「な…に?」
 小さく、しかしきっぱりと告げられた言葉が俺の意識に浸透してくるのに、たっぷり十秒は要した。彼女の肩に置いた手から、ゆっくりと力が抜けていく。俺は、相当情けない顔をしていたに違いない。
「本気で…言ってるのか…」
 涙に濡れた翡翠の瞳に、それでも揺るぎない決意の光を浮かべて、アンジェリークはコクリとうなずいた。
「私、オスカー様のことが好きです。許されるものなら、ずっとオスカー様と一緒にいたい。オスカー様のために、生きていきたい。──でもその道を選ぶことは、私にはできません」
「女王として…宇宙のためにその身を捧げる…と?」
「──…はい」
 アンジェリークはゆっくりと俺から身を離すと、寂しげに微笑んだ。大人びた、どこかはかない微笑みだった。それから、俺に背を向けて、湖の方を見ながら歌うように言葉を紡いだ。
「夢を、見るんです、私」
「…?」
「女王陛下と、ディア様の、夢。ううん、ただの夢じゃないって、今ではわかるの。
 ──最初は、普通の夢だと思ってました。ちょっとはっきりしてるだけの、ただの夢なんだって。でも…」
 アンジェリークは言葉を切ってうつむいた。俺は、なぜか言葉をかけることもできずに、ただ彼女が口を開くのを待った。やがてアンジェリークは顔を上げると、言葉を選ぶようにしながら語り始めた。

「試験が始まってしばらくした頃から、守護聖様の夢も見るようになってました。もちろん、普通の夢にも皆様が出てらっしゃることはあったけれど、そういうのとは違う、なんだかとてもくっきりはっきりとした夢。
 オスカー様もよく登場なさいましたよ。謁見の間の前で、試験とはいえ私とロザリアが争うなんてと嘆かれるリュミエール様に、競いあうことで私達が成長しているんだぞって言ってらしたし、オリヴィエ様とご一緒の時は、私達のことを『お子様さ』なんておっしゃってたわ。それから、ジュリアス様には、女王の交代ももうすぐですねって…どちらに決まっても、ご自分は剣として仕えるつもりだとおっしゃって…。
 ああ、どこか星の見えるお部屋で、クラヴィス様に意見なさってたのも見ましたよ。ふふ、クラヴィス様はご迷惑そうでしたけどね?」
 俺は、言葉もなくアンジェリークを見つめていた。
 夢だって? 彼女が挙げたのは、いちいち記憶にある現実の俺の行動じゃないか。それを、彼女は見たっていうのか。
 いや、そうなのだろう──恐らくは、彼女の内に目覚めたその女王のサクリアを通じて。
「その夢のことをオリヴィエ様にお話しした時、それはみんな私が自分のサクリアを通して見た現実のシーンだろうって、そう言われたんです。──だったら、女王陛下の夢も、同じこと…ですよね?」
 アンジェリークが淡々と語る。俺は、だんだん彼女の言いたいことがわかってきた。
 俺は深い吐息をついて、苦い言葉を押し出した。
「その、陛下の夢が…、君に女王となることを決意させた、というわけか……」
 アンジェリークはこっくりとうなずくと、俺の方へ向き直った。
「宇宙が、今まさに滅びようとしていて…女王陛下のお力をもってしても、その滅びを遅らせることしかできなくて…。それを救える最後の小さな希望が自分であるってこと…わかってしまったんです。新しい宇宙であるこの育成空間に、滅び行く今の世界の全てをそっくり移すことができれば、宇宙は救われる。大陸の中央の島に守護聖様の力が及んだその時が、唯一のチャンスで──私にそれができなければ、命を育む力を失った宇宙は、このまま滅びてしまうんです…!」
「…アンジェリーク…」
 そこまで事態が深刻だとは、正直思っていなかった。俺達守護聖にも、そこまでは知らされていなかったから。
 ──それでは、なにより愛しいこのはかなげな少女一人に、それだけの重責が課さ れるというのか。この細い肩に、女王として宇宙を支えるのみならず、滅びゆく宇宙 そのものを救うという、とてつもなく重い使命が負わされるというのか。
「これまで通りに宇宙を統治するだけでいいのなら、なにもこんな試験をすることもなく、ロザリアが女王になれば良かったんです。でも──」
「もう、何も言うな…!」
 俺は思わず腕を伸ばして、アンジェリークを抱きすくめた。
 初めて見た頃にはいかにも子供子供していた彼女が、半年に満たないこの短い期間に誰もが驚くほどの成長をとげたその理由が、遅ればせにようやく理解できた。
 俺は今まで彼女の何を見てきたのだろう。明るくふるまうその陰で、どんなにか苦しい思いを抱え、一人でその重責を受け止めようとしていたことか。それに気付いてもやれなかった自分を俺は責めた。
「すまない──すまなかった、アンジェリーク。俺は何も気付かず、君の力になってやることさえできずに…」
「いいえ!いいえオスカー様! 私がここまで自分を支えてやって来れたのは、みんなオスカー様のおかげなんです」
 アンジェリークが、すがるように俺の身体に腕を回してくる。
「オスカー様が私に強さを分けて下さったから、だから頑張れたんです。オスカー様がいつも見守って下さってたから、それがわかったから、強くなれたんです。何より、大好きなオスカー様を失いたくないから…だから私、女王になって宇宙を救いたいの。あなたを守りたいの。みんな、みんなオスカー様のためなの…!」

 燃え上がる炎のようなアンジェリークの告白に、俺の心は激しく乱れた。
 こんなに欲しい女なのに、これほど欲してくれるのに、どうして手に入れられない。どうして結ばれてはならないんだ。
 俺は、運命を呪った。俺達を引き合わせ、そして今さら引き裂こうとする、この運命を激しく呪った。
 共に生きられないならいっそ共に滅びたいと、そう言ってしまえたらどんなに楽だろう。それでも俺は、ただ愛しい少女の身体をかき抱くことしかできなかった。
「アンジェリーク──!」
「だから、許してください──オスカー様のために生きるって言えないこと。オスカー様の告白…嬉しかった。あなたが私を愛していて下さったって、それを知っただけで、私、女王として生きていけると思います。たとえ、もう二度とこうして抱きあうことができなくても、私、今日のことは忘れません……」
 俺の胸に頬をすり寄せ、涙をこぼしながら掠れた声で囁くアンジェリークの言葉を聞くうちに、俺の中でちらりとゆらめく炎が生まれた。初めは小さなゆらめきに過ぎなかったそれは、たちまちのうちに俺の全身に燃え広がり、女々しい嘆きも守護聖という立場故のためらいも、何もかもを焼き尽くして業火のごとく燃え盛った。それは、怒りに近い、強烈な感情だった。
 結ばれない運命だと? 冗談じゃない! そんな運命など、ねじまげてやる。これほど想い合っているものを、泣く泣く引き離されたりしてたまるものか。遠くから見守るだけの恋に甘んじるなんて、この炎のオスカー様のすることじゃないぜ。
 共に滅びるだと? そんなのもお笑い草だ。俺らしくもなく感傷的になったものさ。
 冗談じゃない。全くもって、冗談じゃない。この俺が、これほどの想いをあきらめたりしてたまるものか!!

「──なぜ、あきらめてしまおうとする?」
 低く唇をもれた熱い囁きに、アンジェリークはすすり泣きを止めて俺を見上げた。俺は彼女の目をとらえ、もはや何のためらいもなくきっぱり言い放った。
「俺は、あきらめない。君が女王になるというなら、なればいい。だがそんな肩書き一つが、このオスカーを止められるものか。そんなことで捨てられるほどの想いなら、とっくにあきらめがついてるぜ。君が、たとえ至高の御座についたとしても、俺は君を求めることをやめはしない。下らない慣習なんか知ったことか。君を必ず、この手に入れてみせる…!」
「オスカーさま……?」
 俺の勢いに呑まれてか、しばし呆然と俺を見つめていた翡翠の瞳に、やがてゆっくりと力強い輝きが戻ってきた。俺が愛した、強い意思を秘めた美しいきらめきが。
 頬はまだ涙に濡れていたが、その唇には微笑みがのぼってきた。
「それなら──私も、あきらめません。オスカー様が私を求めて下さるのなら、私も絶対負けたりしません。どんな障害だってはねのけられます。オスカー様と一緒なら!」
「愛している、アンジェリーク。改めて誓おう。君に、俺の愛と忠誠の全てを捧げると。命ある限り、君の剣となり、盾となり、俺の全存在をかけて君を守ると…」
「私も…誓います。何があってもあなたを信じて、決してあきらめないって。オスカー様──愛しています、心から…!」
 俺はアンジェリークの頬を両手で包みこみ、ゆっくりと顔を寄せていった。アンジェリークは瞳を閉じ、ふっくらとしたその唇をわずかに開いて俺を待った。
 唇が、重なる。
 それは、誓いの印のくちづけだった。運命に向かって、共に手をたずさえ戦っていくための。そして、互いの全てをかけて、終生愛しあう証の。
 厳粛な一瞬が俺達の上を流れる。アンジェリークが微かに震えた。唇を離して見つめると、ゆるやかに微笑み返してきた。とほうもなく愛しく、そして美しい表情だった。


「…オスカー様は、いつも私に強さをくれるんだわ。ただそばにいるだけで。そうして、あなたから流れこんできた力が、私に勇気をくれる。誇りを、安らぎを、優しさを与えてくれる。不思議ね、あなたのサクリアの属性は『強さ』だけの筈なのに、豊かさも美しさも、知恵も器用ささえも、みんな流れ込んでくる気がするわ」
 俺の腕の中で、うっとりと微笑みながらアンジェリークが言った。
 俺は微笑んで、アンジェリークの頬にかかっていた金の髪を指先でかきあげた。
「ああ、それは、俺の力というわけじゃあないだろうな。君の中にある女王のサクリアの力が、俺のもつサクリアに共鳴して、九つの属性全てを震わせているんだろう。君の中には、各守護聖の持つ力が全て存在しているんだからな。
 …そして、君のその力も、俺の中に流れ込んできているんだぜ? それが、俺の『強さ』を、より強いものとしてくれるのがわかる。今の陛下には、お仕えしてきたこの四年半の間にも、かつて感じたことのなかった感覚だ。──ひょっとしたらその力こそが、新しい宇宙に必要とされている、君だけの特別な力なのかも知れないな」
 守護聖としての俺のそんな言葉に、アンジェリークはちょっと頬をひきしめた。
「あのね、オスカー様? 私、今日は本当は、育成をお願いしにあがろうと思ってたんです。女王になるなら、他の誰でもないオスカー様の手で決めていただきたいって、そう思っていたから」
「…ああ」
 俺は、アンジェリークの髪を撫でながらうなずいた。それが、俺のために女王になろうとしていたアンジェリークの、決して告げられない告白のかわりだったのだろう。
 今の俺には、そんな彼女の気持ちが、痛いほどよくわかった。
「わかっている。俺のこの手で、今夜君を女王の座につけてやる」
「──はい!」
 アンジェリークは嬉しそうに微笑み、子猫のように俺の胸に頭をすり寄せてきた。俺は彼女の暖かな身体を抱きしめながら、ふと思いついて口にした。
「新しい宇宙、か。君はその、初代女王になるってわけだな」
「ええと、そうですね。そう、なるのかな?」
 ちょっと首をかしげて考えこむその表情は、どこかあどけなくすらある。
 俺はこみあげる笑いをくすくすとこぼしながら、アンジェリークの耳元に口を寄せて囁いた。
「なら、全く新しい治世というのも、あってもいい筈だよな? ──例えば、女王が在位中に夫を持つ、とか…な?」
 一瞬考えこんだアンジェリークの顔が、理解に達してボッと真っ赤に染まる。俺はくすくす笑い続けながら、彼女を強く抱きしめた。
「考えておいてくれよ、次期女王陛下? 誰が何と言っても、君が至高の為政者に違いないんだからな」

 自分でも、なぜこうまで楽観的になれるものか、よくわからない。この先、まだまだ問題は山積みだ。いかに女王自身が望んだからといって、何もかもが変えられるというものではない。当然反対だってされるだろう。いつから続いているものかは知らないが、少なくとも何十代にもわたって守られてきた慣習を、ここでいきなり変えるというのは言うほど簡単なことではない。──何よりも、ともかくまずあのジュリアス様を説得しなけりゃならんのだなと思うと、それだけで頭が痛い。
 だが、この天使と一緒にだったら、何もかもうまくいくような気がした。
「もう、オスカー様ったら…!」
「愛しているぜ、俺のアンジェリーク」
 とりあえずは、この幸福感に身を委ねてしまおう。後のことは、それからだ。
 俺は、口をとがらせて何かいいつのろうとするアンジェリークの唇を、自分の唇でふさいで黙らせた。ちょっともがいて抵抗しようとしたアンジェリークが、ふっと力を抜いて俺に全てを預けてくる。
 そのまま、この上なく甘いキスに、俺も彼女も酔いしれていった。


 さあ、今夜は彼女の大陸に、とびきり盛大に炎のサクリアを贈ってやろう。俺の『強さ』が大陸に満ち、彼女の民が中央の島にたどり着く時、アンジェリークは真の天使──いや、女神に変わるだろう。
 そして、優しく慈しみに満ちたその女神は、内に秘めた本質であるその大いなる力強さをもって、宇宙の移動をもなんなく成功させることだろう。
 当然だ。なんたってこの俺、強さを司る炎のオスカーが、自らの持つ全ての力を彼女に与え、捧げつくしているんだからな。
 俺は、彼女を護る騎士として、誰よりも側近く仕え、誰よりも篤い忠誠を彼女に捧げ続けるだろう。
 そしてまた、一人の女性に戻った彼女を抱きしめ、包みこんでやるのも、この俺なのだ。


 歩いていこう、二人で。それがどんなに困難な道であろうとも。
 二人ならきっと、新たな未来の扉を開くことができる──俺は、そう、信じている。


・◆ FIN ◆・



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