ゴールデンウイーク

2001.5.17 ・◆・ 白文鳥 




「おーほっほっほっほ!」
 広い女王の謁見の間に、いとも優雅に女王陛下の笑い声が響いた。

 は?という表情でひざまずき頭(こうべ)を垂れていた炎の守護聖が顔を上げた。
 俺は今何か面白い事を言ったか?自分で今女王に言った言葉を反芻してみた。いやごく普通の話題なはずだが。

 ぱちん、と扇を閉じて女王は言った。
「何の冗談を言っているのかしら、この炎の守護聖は?」

『目が笑ってない…』
 オスカーは女王陛下の表情を読んだ。笑っているのは口元だけ。元々この女王陛下は自分にあまり良い感情を持っていないことは感じていたが。気を付けないと地雷を踏みそうな気配だ。

「ですが陛下、今はサクリアも安定しておりますし。それに視察から戻りましたなら、休暇を頂ける、というお話では…?」
 恐る恐るオスカーは女王に言う。何だ?何が陛下の不興を買った?

「ああ、そうね、貴方が視察に行く前にはそういう話もありました。でも事態は変わったのです。休暇は先延ばし、ですわ。」
「どういう事ですか?」

 オスカーは焦った。ここで休暇が取れなかったら、まずい!絶対にまずい!それでなくても、自分に何故かチャンスが回ってこないのだ。
 下手をすれば、トンビに油揚げをかっさわられる、いや、油揚げなんてもんじゃない。
大事な宝石が他人のモノになってしまう。
 みんなが欲しがる物を出し抜いて手に入れるには、それなりの努力が必要なのである。当然の事だ。

「理由が知りたい?」
 女王は優雅な仕草で玉座の脇にある小さなテーブルに視線を移す。
「はい。是非に。」
 オスカーの答えを無視したかのように、美しい指がテーブルの上の書類を摘み上げる。
「何枚あるのかしら?いちま〜い、にま〜い…」

 おいおい、番町皿屋敷じゃないぞ、なんて事はここでは言えない。
「それは、何の?」
 玉座の数段下でしかも跪いているオスカーにはそれが何の書類か見えない。
 女王はにっこりと菫色の瞳を細めた。

「今朝方の定例会議で、わたくしの補佐官が休暇を取る事になりましたの。その事は御存知?」
 もちろん、そんな事は知っている。視察から戻って来てその話を聞いて、チャンスとばかりにこうして休暇を申請しに来たんじゃないか。どのみち休暇の話は出ていたんだ。なんの不自然さもありはしない。
 だいたい、こんな大事な事がなんで俺が不在の時に限って決まるんだ!と叫びたかったが陛下の御前である。…言えない。

「は、先程うかがいました」
 視察から戻って即!補佐官の元へお土産を届けに行った。そのオスカーに美しい金色の髪を結った可愛い娘は、明日からの休暇を嬉しそうに告げたのであった。デスクの上にはずらりと観光地のパンフレットが並ぶ。

『ね、オスカー!休暇なんて初めてなんです!とっても楽しみです!南国に行こうかしら、それとも…。ああ、迷っちゃいます。』
 そうだな。だったら俺も御一緒しようじゃないか。そうしたらぜったいに心に残るバカンスにしてやるぜ。ついでにどこか誰もいない小さな教会で、将来のお約束でもしちまおうぜ。などと鼻の下を伸ばしながら、楽しい想像を走らせた。
 そしてその場は会話もそこそこに、こうして女王陛下に休暇願いを出しにきたわけなんだが…。

「そう、なら、話は早いわ。その会議の後で守護聖が何人か休暇を申請してきました。サクリアも安定しているし、断る理由もありません。ですが、守護聖が複数留守にするとさすがに人手不足になるのです。貴方には申し訳無いけれど、こういう事は早い者勝ち、という部分もありますから。貴方の休暇は次の機会に、という事でよろしいわね?」

 よろしくなんかあるもんかーー!とは言えない。相手は女王陛下である。
「し、しかし。早い者勝ちという事であれば、むしろ俺の方に分があるのでは?」
 勇気を振り絞って女王に抗議を申し入れてみる。

「申請の書類は出してあった?」
「いえ…それは…」
「では、その意見は却下するわ。ここにはすでにこうして他の守護聖の休暇申請書が出ているの。」

「ですが、たまたま2〜3人守護聖の休暇が重なっても、さほど長期の休暇でもございませんし…大事ないかと…」
 女王の顔がゆっくりを微笑む。そして先程の書類をオスカーの前に差し出す。

「何枚あると思う?」
「はい?」
「数えてごらんなさい」
 オスカーはそれを受取り律儀に数え始めた。
「…8枚あります…」
 なんてこった!俺以外のヤツら全員申請を出しやがったな。しかしここで文句は言えない。
「そういう事ね」

 ジュリアス様まで…!アンジェリークを狙っているのか。
 自慢じゃないが、アンジェリークは絶対俺に好意を持っている。それくらいは解るさ。だからその先のステップへ進みたいのに、うまく行かないんだ。
 その訳がわかった。何人かは彼女のハートを射止めようとしているとは気付いていた。だが全員だったとはな。つまり今までうまく行かなかったのは、やつら8人の妨害があったからなんだ。そう、全然二人っきりになれなかったのは、そういう訳だったんだ。公務でもプライベートでもいつも誰かが乱入してきていた。
 なぜ妨害するんだって?そんなの決まっているじゃないか。俺が一番の脅威なんだ。やっぱり端から見ても、俺に可能性があるんだ。ちょっと自慢したい気分だったが、そうも言っていられない事態だ。

「ということは、明日から3日間、この聖殿にいる守護聖は俺だけ、ということになりますが」
「そうよ。」
「そうよって陛下、それこそ大変な事じゃありませんか!第一無用心です!」
「あら、炎の守護聖。貴方がいれば大丈夫でしょう?」
 それを言われると返せない。

「しかし!しかし、ですよ。8人全員の休暇なんて許可したんですか!?いくらなんでもそれは!」
 非難がましく食い下がる炎の守護聖に、女王はさらりと言った。
「何か文句がありますの?」

 文句なんてもんじゃない。だいたいここで三日ということは…。聖地で三日間すごすならたしかに三日だ。
 だが外界に出て聖地での三日分を過ごす、となるとざっと3〜4週間。その間かわいいあの娘はまったくの無防備状態じゃないか!
 きっとヤツらはアンジェと一緒に何処か外界へ行こうとするに違いない。
 まずい、まずいぞ!今なら俺はかなり有利だ。だが…。脅しはないが、泣き落とし、お菓子攻め、同情買いなどあの手この手で彼女の心に訴えかける輩ばかりじゃないか。そしてお人よしのお嬢ちゃんはまんまと引っ掛かりそうで、心配だ。

「では せめて女王補佐官は、聖地より外へ出ないように、と言う事にしていただくわけには…」
「どうしてかしら?」
「安全上問題があります!」
 きっぱりと鼻息も荒くオスカーは言いきった。ここで何とかしなくては手遅れになってしまう。
「女王補佐官は陛下に最も近い存在であります。彼女がこの俺のガード無しに外へ出かけるなんて、アブナイじゃないですか!」
「ふふん…アブナイというのは、どういう意味かしらね。」
 あんたと一緒の方がよほどアブナイわよ!とか女王の目が語っていた。
「それに補佐官だけ心配で、守護聖達は大丈夫というワケ?」
「うっ!」
 しまった、突っ込まれてしまった。何か言い訳はないかと必死に考えるが思い浮かばない。
「えー、ですから守護聖も、です」

 女王はクスクスと笑い出した。
「馬鹿ね」
 はい、と返事をしそうになった。
「お馬鹿さんね。でもいつも気取ったオスカーの、そんな風に焦っている顔を見られるのは楽しいわ」
「陛下、それはあまりにも…」
 汗がだらだらと滝のように流れている気分だ。俺をいぢめて楽しいなんて、本当にこの方は『女王様』だぜ。

 そして涼しい顔でこう付け加えた。
「誰が休暇の許可をした、と言いました?申請が出ているだけですわ」
「は?」
「ここにわたくしとアンジェリークのサインが入って初めてこれは効力を発揮するのですわ」

 一筋の光明が見えた気がした。
「陛下!それでは!」
「何を喜んでいるのよ。どうせアンジェの休暇に合わせて休んで、あの子とよろしくやろうって輩ばかりじゃないの。でもね、わたくしはそのような不純な動機は認めませんわ」
「不純だなどと…」
 実際に一番不純なのは自分かもしれないので、あまり言及しないで欲しい。
「ああ、オスカー。まさかあなたも同じ、という事はないわね?」
 ひたすら下を向いておく。

「さて、申請は出されたものの、こういう事態を黙認するわけには参りません。けれど皆休暇が欲しい、という現状は考慮しなければなりません。この際ですから順番に休暇を取る事にいたします。オスカー、貴方はこの書類を持って補佐官の所へいって頂戴。そしてあの子がいいように采配するように、と伝えて」

 オスカーはぱっと顔を上げた。
「陛下…!ありがとうございます。」
「何を礼なんて言っているの。わたくしはあの子が一番楽しい休暇になるようにしてあげたいだけよ」
 それは俺がチャンスを手に入れた、と思っていいのだろうか。
「全く…オスカーが休暇を取るって言ったら、あの子、何て言ったと思う?『オスカーが休暇でいないとなんだか寂しいわ』ですって!そしてこともあろうか『オスカーと一緒に何処かへ行けたらなー』なんて。ああ、もう!」

 つん!と陛下は横を向いている。
「だいたい、わたくしは女ったらしというのが大嫌いなのですわ。そんなのでもあの子がいいっていうのならペットの一種だと思ってそばに置く事を許そうと思っただけ」

 それはひどい、俺はペットか?犬とか猫と同等の?しかしここで異を唱えればせっかく掴んだ蜘蛛の糸が切れてしまう。ハムスターだろうが、金魚だろうが、かまわんさ。
「しかもそのペットときたらちっともかわいくないのよね。カメとかカエルだわ。ああ、カメやカエルに失礼だったわね。」

 …さらにひどい。あんまりだ。でもアンジェがいいと言ってくれたら、エリマキトカゲだろうがカメレオンだろうが!なってみせるぜ。おっと、思考が少しずれてしまった。

「…でも、そんな男でも守護聖としては信頼してるのよ。あの子もあんたと一緒ならどこでどう過ごそうと安全でしょう?」
「陛下…」
「さ、話はこれで終わり。さっさとあの子の所へ行って!」

 退出するオスカーに向かって最後に女王は一言言った。

「楽しい休暇をね、オスカー。あの子にも伝えてちょうだい。」






☆おまけ☆

「お嬢ちゃん、休暇の行き先は決まったかい?」
「うーん…まだ決まらないんです。でも、あのオスカー?貴方は休暇は取らないんですか?視察から戻ったら、っておっしゃっていたから…」
「なんだ、お嬢ちゃんは俺と一緒に休暇を過ごしたいのかな?」

 ほら見ろ、彼女は俺が気になっているのさ。ヤツ等の妨害などたいして効果はないな。だが妨害には妨害で返さねばならないというもんだ。オスカーは8枚の休暇申請書を決裁済みの書類の中へ紛れ込ませた。これで明日から俺達は楽しい休暇だ。聖地時間で3日、外界時間で4週間。君達の申請書はその間、ここでゆっくりと熟成していてもらおうか。高笑いしたい気分だった。

 口をパクパクさせて真っ赤になったアンジェリークにオスカーは微笑む。
「あ!いえ、その…ただオスカーがいないとここもつまんないなって、えーと、その」
 もごもごと小声になっている。

「俺はお嬢ちゃんと一緒にいられたら、うれしいんだが」
 きっぱりと言われてますます赤くなるアンジェリーク。もうひと押しだ。
「そ、そんなオスカー。私なんかよりも一緒に過ごしたい方がたくさんいらっしゃるじゃないですか」
「ふうむ…確かに綺麗なレディはたくさんいるが、休暇を一緒にすごしたいのは君だけだぜ?」
 じっとみつめてウインクをする。
 アンジェリークはもうクラクラしているのがわかる。わかりやすくって可愛らしい。

「どうする?そうだな、南の島でバカンス、といこうじゃないか。君好みの美しい島がある。」
 パンフレットを見せながら、オスカーはアンジェリークの気を引く。はっと我に返って彼女はそれを覗き込んだ。
「わあ、ステキですね」
「美しい花や鳥がたくさん。余計な人間はいない。そんなところでゆっくりとしよう。リフレッシュには最適だな。どうだ?いいだろう?」
「はい!」
 何時の間にか一緒に休暇を取り、一緒に南の島へ行くことになっていたが、アンジェリークは気が付かなかった。

 オスカーの手元にあるパンフレットにはプライベートリゾートの説明が載っていた。色取り取りの花に囲まれて写真の中のカップルがにっこりと笑っている。

『島の教会で二人っきりの結婚式はいかがですか?』

 いいじゃないか…!




☆おまけ2☆

「陛下、いかがなされました?」
 楽しそうに笑っている女王に女官が声をかける。
「ああ、いいえ。たいした事じゃないわ。」

「そうそう、明日から補佐官が3日間不在です。わたくしもティータイムは彼女以外と過ごしたくないわ。一人でゆっくりしたいから、そのように手配して」

 女王は先程の、やに下がった炎の守護聖の顔を思い浮かべた。
 何処へ行くのかは知らないけれど、宇宙最強にして最大の乱入があることを覚悟しておくといいわ。
「おーほっほっほ!」


・◆ FIN ◆・



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