1999.7.31 ・◆・ A-Oku
以前から、彼女に泣かれると弱い。 (実際はともかく)『数多くの女を泣かせて来た男』と言われているにも関わらず。
目の前で「帰りたくない」と泣いている彼女を前にオスカーは途方に暮れていた。 一度、ひらかれた涙腺はそうそう簡単には閉じてくれないらしい。 「イヤだぁ…、ぐすっ」 このまま行けばお得意の『大嫌い』発言が出るに違いない。 仲直りするのは嫌いじゃないが、そう言
われてしまうのは…結構辛いものがある。
「…オスカーさまなんて…」
「ああ、もう、わかった、わかったから」
苦虫を噛みつぶした、というより他にない表情でうつむく彼女の肩に手を置いた。
「ホント?」
途端にパッと顔を上げる彼女。今泣いていた金の小鳥がもう笑っている。
「ああ、本当だよ。」
結局、オスカーは彼女の泣き顔にも笑顔にも弱かった。
・◆・
「じゃ、とにかく、それを飲んだら寝ること。いいな?」
「はい…」
ホットココアを手にしたアンジェリークは神妙に頷いた。
「それから、寝室に入ったらきちんと鍵を掛けること。俺は隣の部屋にいるからな」
「えっ…。いっしょ、じゃないの?」
「別といったら別だ。」
青年は普段の言動とは裏腹に、この辺が妙に堅かった。
両手でカップを持ち、上目遣いで青年を見る。
「それに…別に…カギ閉めなくても平気だけど…?」
そう、云った途端ギロッと睨まれてしまった。さすがに氷の視線が痛い。
「それなら、俺がこの館を出てゆく。」
「わ、判りました。閉めます。絶対閉めますっ!」
ちょっとの間、よそ見していたアンジェリークはあからさまにホッとした青年の顔を 見逃してしまってい
た。
「それじゃ、おやすみ」
「…おやすみなさい」
ウィンクひとつ残し、青年は部屋へ消えた。
・◆・
壁一枚を隔てた向こう側にいる。
なのに、今まででいちばん、遠い…
「よしっ」
握り拳ひとつ。
からだ、ひとつ。
軽やかに飛び出した。
・◆・
「いったい、俺にどうしろって言うんだ…」
隣室では頭をかかえる男が約一名。
(明日だぞ、明日。)
明日になれば、彼女は名実ともに自分のもとへやってくる。
なのに、今の状況は何なんだ?
朝が来るまで自分の理性が保つかどうか、それが一番の問題だ。
「きゃっ」
ガタガタガターン。
外で派手な音がした。 ため息ひとつでたちあがり。
バルコニーのドアを大きく開いた。
・◆・
「何、しているんだ」
「こ、こんばんは…」
そこには
どう見ても窓を乗り越えてきたとしか思えない彼女と、
どう見ても蹴り飛ばされたとしか思えない散乱した植物が
沈黙が恐くて彼女は口を開く。
「た、たまにはオスカーさまのまねをしてみようかな〜、なんて…」
青年は黙ったまま。
「ひょっとして…怒ってますか…?」 下から覗き込みように話しかける。
青年は手を差しのべ、
その手をとった彼女を抱き寄せる。
「オ、オスカーさま!?」
抱きしめられているから、表情は判らない。
話してくれないから、どんな気持ちか分からない。
しばらく、そうしたままでいたら…
「…君が俺を殺すんだな…」
不意に青年が彼女の耳元でつぶやいた。
「えっ…?」
あわてて見上げてみたら、その分強く抱きしめられた。
「…完敗だよ。俺の…アンジェリーク」
ようやく、ゆるめられた腕の中で彼女は微笑んだ。
「大好きです…オスカーさま」
・◆・
「アンジェリーク。でも、頼むからそういう危険な真似は止めてくれ…心臓に悪い」
「…あの、でも部屋…。カギかかっちゃってるんですけど…」
「なっ…」
…朝はまだ遠い…
・◆ FIN ◆・
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