2001.3.4 ・◆・ A-Oku
「うーん、いいお天気」
時は土の曜日の昼下がり。頬にあたる日差しに暖かみを感じるようになった今日このごろ。
うららかな春の陽気に誘われてアンジェリークは森の湖まで散歩することにしたのだった。
(今日は土の曜日だから本当は部屋に戻って来週の育成のことを考えなくちゃいけないんだけど…。「望みの予測」はここにあるし、たまには外で考えてもいいよねっ。)
ここに来る前に見た彼女の育てる地 -エリューシオン-
もまたこの飛空都市と同じように春が来ていた。冬の衣を脱ぎ捨てた大地はすべてが天然色に息づいて鮮やかだった。アンジェリークは「育成すること」の本当の意味がようやくわかってきたような気がしていた。
アンジェリークの足取りは軽い。
(本当にいいお天気。明日もこんな天気だったらロザリアや守護聖の皆さんをお誘いしてピクニック…なんていいかも)
森の緑が陽の光に映えている。
湖から続く小川を越えれば、目的地まであと少し。
川にかかる小さな橋を渡ろうと歩みを進めた時だった。
アンジェリークの瞳に何かがきらっと飛び込んできた。
「あれ?」
足を止めてあたりを見回してみても何も無い。
気のせいかと思いながらそのまま通り過ぎようとした。
きらり
再び、何かが光った。
アンジェリークも今度は間違えなかった。それは下方から飛び込んできた光だった。
小川を眺めると魚が泳いでいた。反射で魚のうろこが光ったのだろうか。
アンジェリークはしゃがんで魚のいる川をのぞきこんだ。
(あ、いっぱいいる。)
そこにはアンジェリークも名前を知っている魚が群をなして泳いでいた。
その一群の中にあきらかにサイズの違う魚が一匹。湖で何度か見かけた魚によく似ている。
(湖の方から泳いできたのかしら…?)
なんとはなしに視線で追いかけていたら、魚がぱくっと口を開き何かを飲み込んだ。
ばしゃっ
「きゃっ」
突然、魚が跳ねた。眼前に水しぶきがあがりアンジェリークはびっくりして尻餅をついた。
「もう、これって何なの〜?」
それを横目に魚は盛んに跳ね続けている。何度となくびちびち跳ねる魚にアンジェリークはあることに気づいた。
(ひょっとしてどこか具合が悪いのかな? だとしたら…さっきの!)
やにわに立ち上がると魚を捕まえようと服の袖をまくった。
「あ、待って。」
素手で魚をつかまえようするのはかなり無理がある。彼女も大方の例に漏れずうまくいかなかった。
「負けないからね」
ムキになったアンジェリークは川に入った。
ばしゃばしゃばしゃばしゃ...
「よおっし」
格闘すること数分でアンジェリークはなんとか魚を捕まえることに成功。気合いをいれたアンジェリークの背後から声がかかった。
「そこにいるのはお嬢ちゃんか?」
「え?」
振り向いたアンジェリークの手から魚が飛び出した。綺麗な弧を描いて光がこぼれ落ちる。
「えっ、あっ、やだっ」
気づいた時にはもう遅かった。
「あー、せっかく捕まえたのに…」
魚は悠々自適で遠くへ泳いでいってしまった。
「お嬢ちゃん、そんなところで何をやっているんだ。」
アンジェリークの様相に気づいたのか足早にやって来た男がいた。
「いくら春めいてきたとは言え、まだ水遊びするような時期でもないだろうに」
「オスカーさま…」
やっとのことで捕まえた魚を逃がしたショックで呆然としていた彼女はうわごとのようにつぶやいた。
「ほら、上がっておいで」
再びかけられた言葉でアンジェリークは我に返った。慌ててさしのべられた手を取ろうとした。
「きゃっ」
水苔に足を取られて転ぶっ、とアンジェリーク自身が思った次の瞬間には、ふわりと地面から浮いていた。オスカーに抱きかかえられていたのだ。
「そそっかしいお嬢ちゃんにはこっちの方が良かったみたいだな。」
アンジェリークが困ったように目を向けるとオスカーが笑いかけた。
「オスカーさま、服がぬれちゃいます。」
「お嬢ちゃんが転んで怪我することに比べたら、こんなことどうってことないぜ。」
本当にこともなげにいうのでアンジェリークはちょっとだけ緊張がほぐれた気がした。
「なんだかオスカーさまにはいつも助けられていますね。」
「お姫様を護るのはナイトの仕事だと前にも言わなかったか?」
くすくすくす。
冗談めかして話すオスカーの言葉は耳に心地よくアンジェリークは笑ってしまった。
「ちょっと歩くが向こうに俺の馬がいる。送っていくぜ。」
「あの…私、歩けますけれど、このままで?」
「嫌か?」
オスカーの問いにアンジェリークは首を横に思いっきりふった。
「じゃ行くとするか。」
「ところでお嬢ちゃんはこれを探していたのか?」
歩き出そうとしていたオスカーが何かをアンジェリークに渡した。
「これは…?」
水色に輝く石がアンジェリークの手の内にあった。
「宝石のようだが名前まではわからないな。」
光に透かすと本当に綺麗な水色だった。
(オスカーさまの瞳の色とおんなじ…)
唐突にその考えが浮かんできてアンジェリークは妙にドキドキした。
(これ、お守りにしようっと)
オスカーの腕の中で頬を赤らめながらアンジェリークは小さな決意を固めたのだった。
◇◇◇
「そのとき思ったの。オスカーさまが私の白馬の王子さまなんだって」
「げろげろー」
どこか遠くを見つめてうっとりとした表情を浮かべるアンジェリークにゼフェルはこっそり毒づいた。
(ちょっとゼフェル、やめなよ、アンジェに聞こえちゃうよ)
(だってよーマルセル、あのオスカーのことを言うに事欠いて『白馬の王子様』だぜ? 冗談じゃねーって)
(いや…でもさ、いかにもオスカー様って感じじゃないのかな?)
(ランディの言うとおりだとは思うんだけど…そういう状況で好きになるってのはやっぱりヘン…かな?)
(おー、お前もわかってきたじゃないか)
腕を組みながら満足気にゼフェルはうなづいた。
「お前ら、なに油を売っているんだ」
「げっ、オスカー」
通りかかったオスカーが年少組守護聖をめざとく見つけた。
「アンジェリーク、君もいたのか。」
「あっ、オスカー様も一緒にいかがですか?」
にこにこにこにこ。
ランディ、ゼフェル、マルセルの3人と話していた時とは明らかに違うとびっきりの笑顔でアンジェリークはオスカーに話しかけた。
「いや…俺はこれからジュリアス様の所に用があるんだ。」
「あっ、いっけなーい。私もジュリアス様の所へ行くんだった。」
「それなら一緒に行くか?」
「はいっ」
立ち上がったアンジェリークは3人の方を振り返った。
「えっと、あの…」
「あ、俺らのことは気にしなくて良いよ」
「そうそう僕たちが片づけておくから」
「はいはい、とっとと行ってこい、っつーの」
三者三様の表現をしながらも考えていることは一緒だった。
仲良く並んで歩いてゆく二人を見送りながらゼフェルはつぶやいた。
「やっぱ間違っているって、ぜってー」
「なんだか俺もそんな気がしてきたよ」
「二人ともー。アンジェが楽しいんだったらそれでいいんだよ。きっと。」
ゼフェルとランディの二人をなだめながら、マルセルもまたアンジェリークの方をみやった。
きらり
アンジェリークの指にはめられたリングが光った。
あの日見つけた宝石は海の水色。
アクアマリンの名を冠せられた石はオスカーの瞳の色をうつしてどこまでも透き通って輝いていた。
・◆ FIN ◆・
BACK ・◆・ HOME
|
|